レティシア・コロンバニ
斎藤可津子訳
早川書房
2019年に日本語訳が出版され、続々重版となった小説。
32ヶ国語以上で翻訳されている。
原題は La trasse で、イタリア語ではLa treccia(いずれも三つ編みの意味)である。
作者はフランス人だが、この小説の舞台はインド、イタリア、カナダとバラバラだ。
3つの大陸で、3人の女性は、まるで異次元の世界を生きている。
にも関わらず、3人とも、それぞれの抱える地獄があり、怒りがあり、明日へと向かう強さがある。
そして、この3人の物語は、三つ編みのようにからまり合い、一本の道へと続いている。
その三つ編みの中に、私たちの想いも絡みとられ、滝のように涙が溢れてくる。
一本一本の毛髪は、私たち女性なのだ。
それほどに、日本から遠く離れた3つの国の物語は、私たち自身の物語でもある。
悲しみを三つ編みに
この物語とは別の作者だが、「Intreccerò la mia tristezza(悲しみを三つ編みに)」という詩がある。
パオラ・クルッグがスペイン語で書いた詩だが、イタリア語に翻訳され、SNSなどで話題になった。
「三つ編み」を読んで、この詩を思い出した。
Intreccerò la mia tristezza
Mia nonna diceva: “Quando una donna si sentirà triste, quello che potrà fare è intrecciare i suoi capelli, così il dolore rimarrà intrappolato tra i suoi capelli e non potrà raggiungere il resto del corpo.
Bisognerà stare attente che la tristezza non raggiunga gli occhi, perché li farà piangere e sarà bene non lasciarla posare sulle nostre labbra, perché ci farà dire cose non vere; che non entri nelle tue mani – mi diceva – perché tosterà di più il caffè o lascerà cruda la pasta: alla tristezza piace il sapore amaro.
Quando ti sentirai triste, bambina, intreccia i capelli: intrappola il dolore nella matassa e lascialo scappare quando il vento del nord soffia con forza.I nostri capelli sono una rete in grado di catturare tutto: sono forti come le radici del vecchio cipresso e dolce come la schiuma della farina di mais.
Non farti trovare impreparata dalla malinconia, bambina, anche se hai il cuore spezzato o le ossa fredde per ogni assenza. Non lasciarla in te, con i capelli sciolti, perché fluirà come una cascata per i canali che la luna ha tracciato nel tuo corpo.
Intreccia la tua tristezza – mi disse – intreccia sempre la tua tristezza.E, domani, quando ti sveglierai con il canto del passero, la troverai pallida e sbiadita tra il telaio dei tuoi capelli.”
パオラ・クルッグ
悲しみを三つ編みに
おばあちゃんはよく言った。
「ねえ、女の子が悲しくなったらね、三つ編みをするといいのよ。そしたらね、女の子の髪の毛が、嫌なことを閉じ込めて、女の子の体までやって来れなくするんだよ。
それからね、悲しいことが、目まで届かないようにするんだよ。だって、悲しみが目に届くと、涙が出ちゃうでしょ。涙がね、ぽとりと落ちて、唇をぬらすと、どうなると思う?くちびるがね、本当は女の子が思っていないことを、言い始めるの。
それからね、悲しい気持ちが、手の方に行かないようにね。そしたら、コーヒーを焦がしちゃうし、パスタが生茹でになっちゃうのよ。悲しみさんって、苦い味が好きなんだよ。ねえ、あのね、悲しくなったらね、三つ編みをするんだよ。三つ編みの束にして、辛いのは閉じ込めて、強い北風が吹いたら、ビューンて、飛ばしてしまいなさい。私たちの髪の毛はね、なんでも、なんでも捕まえることができる、網なのよ。
糸杉の大木の根のように強くて、トウモロコシ粉の泡みたいに甘いの。憂鬱で、ぼーっとしてないで、ねえ、何かを無くしちゃうたびに、心が砕けて、骨の芯まで冷えたように感じても。
髪を下ろしたままでいたらダメ。憂鬱なんて、そんなもの、体に入れてはいけないのよ。だってね、お月様がね、あなたの体に描いた、小川があるの。そこに、憂鬱が、まるで滝のように流れて込んでしまうから。
悲しみを、編みなさい。いつでも、悲しみは、編み込んでしまいなさい。そして明日、あなたがスズメの声で目を覚ますとき、悲しみさんはもう、死んで色あせてしまっているわ。あなたの髪の、織り目の中でね。」
この詩は日本語には訳されていないようなので、私なりに翻訳してみた。
私を含め、イタリア語学習をしているみなさんは、日本語では触れることのできない作品を楽しんだり、日本語にすることのできない感覚を原語で味わってほしい。
小説「三つ編み」の中にも、イタリア語がカタカナで随所に散りばめられており、イタリア語学習者にしか分からない楽しみ方ができる。
このように、小説をそのまま日本語に翻訳するだけでなく、所々で原語をカタカナ表記で表すスタイルが近年の翻訳書には多く見られる。
エレナ・フェッランテの「ナポリの物語」やパオロ・ジョルダーニ「素数たちの孤独」の日本語版でも、日本語の横にカタカナでイタリアの原文が書かれており、「なるほど〜、これはピッタリな日本語だな」など、勉強になるのでオススメだ。
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