私がイタリアの医療について、思うこと。

2020年3月、コロナの感染が大きく広がったイタリアで、医療崩壊が報道され始めた。

年上の人が隣の若い人に呼吸器を譲って亡くなったとか。

感染が広がった老人ホームの職員が、中の老人を見捨ててみんな逃げたとか。

当事者や家族はどれだけ辛かっただろうと、目を覆いたくなるようなニュースに驚いた。

だけど、正直「やっぱり」と思わなかったわけではない。

6年間イタリアに暮らして、妊娠中の検診、出産、その後の手術、検査などをした。

周りにも、病院にかかった人が沢山いて、体験を聞いてきた。

日本に帰ってきてからは日本の病院で働き、イタリアや色んな国から来た海外研修医を受け入れ、医療現場の話を聞いた。

そんな中で受けた印象と、今回の結果は、あまりに直結している。

これは、「起こるべくして起こった」状態だろう。

しかも、長年積み重ねられてきた変化や危機が、このコロナによって「目に見える化」しただけのことである。

この記事では、イタリアの医療について、深く考察することは避けたい。

あまりに長くなるし、論文みたいになるからだ。

だけど、私の見たこと、聞いたことを皆さんにもお伝えしたい。

そしてその場合、これは個人の体験に基づいたことで、統計も何もないことは頭に入れておいて欲しい。

私の経験がこうだったから、イタリアが全部こうだという訳ではない。

イタリアの医療費

まず、外国人の学生としては1、年に150ユーロ(2万円ほど)の保険料かかった。

これさえ払えば、かかりつけ医に行き、公共の病院にかかる分にはお金がかからない。

救急車を呼んでもお金はかからない。

自己負担率は0パーセントだ。

ただし、血液検査の検査項目など、メニューによっては自己負担になる。

学生時代は、風邪を引くと登録したかかりつけ医に行ったのだが、予約に時間がかかった。

夏になるとバカンスに行っているし、診療時間も医者によって様々だ。

電話がつながらないことも多く、知り合いの同じ医者にかかっている人に頼んで、予約してもらった。

ちなみに、イタリアはバカンスになると人が死ぬと言われる。

病院も薬局も閉まってしまうからだ。

ただ、日曜や祝日でも、地域に一つは「当番薬局」が開いているし、病院の救急病棟も開いている。

ただ、バカンスシーズンの救急病棟は人が足りないので、骨を折って1日待っても「外科医がいない」と言われ、次の日にやっと見てもらえる、なんてこともあるそうだ。

救急は有料だが、保険証を持っていない人や不法滞在者であっても、ちゃんと見てもらえる。

持ち合わせのお金がなくても見てくれて、後日請求されるが、私は一度請求書が届かず、払わなかったことがある。

イタリア人で、住民票(レジデンツァ)を持つ人は、保険料は無料である。

なので私も、パートナーの家の住民票を作ってからは、年間150ユーロの保険料も払わずに、医療を受けることができた。

保険証があれば、基本的に出産も手術も入院も無料である。

ただし、妊娠中の血液検査の項目の中には有料メニューも多く、毎月三千円くらいは負担したと思う。

ただ、毎月の内診、3ヶ月毎のエコー、基本の血液検査、出産に関わる入院・手術は無料になった。

ただし、これは公立病院の産婦人科の場合だ。

私立の病院もあって、お金は自費だが、最新のエコーの機械や手術の機械を使っていたりする。

だから、お金に余裕のある人は、私立の産婦人科医にかかっていた。

タキピリーナ

イタリアではかかりつけ医が基本だが、予約してから診療まで時間がかかることがある。

さらに検査が必要となれば、そのかかりつけ医の診断書を持って、総合病院へ行かなくてはならない。

そこで検査の予約をして、検査に至る。

なんとも気の長い話である。

そんなアクセスの悪さもあってか、イタリアでは「熱が出たらタキピリーナ!」という家庭が多い。

ちょっと風邪っぽい、熱が出た。

ータキピリーナを飲みなさい。

熱が下がらない。

ーもう一つ、タキピリーナを飲みなさい。

2週間くらい治らなかったら、医者に行く人が多いのではないだろうか。

コロナでも、きっと何の疑問もなくタキピリーナを使ったイタリア人は多かっただろう。

ただ、この習慣がコロナにとって吉と出たか凶と出たか。

因果関係は分からない。

今、日本でも医療費を削減するため、医師にかかって処方箋をもらうのでなく、薬局で直接買う方向に政策を転換しようとしている。

しかし、何かあればすぐ病院に行ける日本は、素晴らしいなと私は思う。

私立・公立関係なく、保険が利くのも素晴らしい。

これを日本政府は、これからはイタリア式にしていくのだろうか?

マンパワーの不足

ここまで聞くと、まあ診察を受けるのに時間はかかったとしても、こんなに安いならいいじゃないか、と思うかもしれない。

私も実際、学生時代にはそれで大丈夫だったし、妊娠初期も、安いからありがたいと思っていた。

ただ、パートナーの家族や、友達の家族から、不穏な話も聞くようになった。

特に、腫瘍の手術を待たされているという話をいくつか聞いた。

後で病院に勤めるようになったとき、アルゼンチンやチリの医師に聞いたのだが、やはり彼らの国でも同じ状況だという。

イタリアでは、医療費を削減し、医師や看護師の数を減らしてきたという。

だから、このように「待たされる」ことも発生するのだろうが、すぐ手術しないと死ぬかもしれない腫瘍の手術を何ヶ月も待たされるとなると、もうすでに医療崩壊と呼べるような気がする。

マンパワーがこんなに足りていない状態で、コロナのような感染症が流行すれば、病院はもともといっぱいなので、すぐに限界点を超えるだろう。

給料が少ないと、優しくできない

医療費が削減されていると書いたが、イタリアの病院はかなり徹底してお金を節約していると思う。

例えば私が入院した時、朝食は、8センチ四方の乾燥したパン2枚に、ジャムが一つと、紅茶。

これだけ。

ただし、イタリア人はもともと朝食は自宅でもこの程度の軽い食事なので、文句は言えないかもしれない。

昼と夜はといえば、パンと鶏肉のクリーム煮込みとグリーンピースとか、割と普通のものが出てきた。

メニューは、肉と魚が選べたり、機内食のような感じだ。

ただ、私が入院した時、運悪く炊事職員のストライキが始まった。

だから、メニューは選べなくなり、昼も夜も全く同じ食事だった。

でも、タダで食べれるのだから、文句は言えない。

しかし、「麻酔後に吐いたから」という理由で、いきなり夕食抜きにされたことがある。

イタリア人の医師の話によると、入院患者が食べなかった食事を、医師や看護師が食べるらしい。

彼の給料は、27歳で1ヶ月1700ユーロ だったので、月20万円くらいだ。

イタリアでは、全然悪くない。

高校の先生が、勤続40年でやはり1ヶ月1800ユーロだったし、公立図書館の公務員が、勤続40年以上で1700ユーロ だった。

正職員でない看護師の給料なんて、どのくらいのものだろうか。

ストライキをした炊事の職員は、一体どのくらいもらっているのだろうか。

患者のご飯を出さずに食べたくなってしまう気持ちも、わからないではない。

それにしても、絶食麻酔後、授乳中のあの空腹は、忘れられるものではない。

日本の医師の給料

日本の麻酔科医の給料は、はっきり言って犯罪的に高すぎである。

私は病院で、麻酔科医が出張してくる時の金額を計算していた。

計算していて、怒りがふつふつとこみ上げた。

私たち事務員は、就業時間の前に着替えて席についていなくてはならない。

残業だって、15分毎につくといっても、15分に満たなければ切り捨てだ。

それが、医師の場合はどうだろう。

交通費だけでなく、移動中も給料がつく。

しかも、10分毎に何千円という世界だ。

就業時間前に入室すれば、その分も手当がつく。

15分毎につくのだが、15分に満たなければ15分。

15分を越えれば30分つくという具合だ。

事務員が切り捨てなのに、医師は切り上げなのである。

ふざけとんのか、と思うが、ずっとやっていると頭も麻痺してくる。

ただし、忙しい医師の忙しさは、これもまた犯罪的である。

疲れからか、サプリをコーンフレークのようにガバガバ食べていたり。

手術の後は自分に点滴しているなんてことも。

外国人の医師達も、みんなびっくりしていた。

いくら給料が高くても、自分はこんなに働けない、と漏らす人もいた。

私の受けた医療ミス

私はイタリアで、運悪く医療ミスにあった。

ただ、信じられないような医療ミスは日本でもたくさん起こっているし、イタリアが特別ではないと思う。

具体的には、私は出産後の胎盤が残ってしまった。

看護師が確認を怠ったのかもしれないし、出産後の子宮のエコー検査もされなかった。

そして、ここでダブルミスが起こる。

摘出は10分で済む簡単な手術だと言うので、リスクの説明もサインもなく、日取りはすぐに決まった。

絶食して病院に行くと

「お腹が空いてるだろうから、午前中に手術しようね。」

と、医師が手術時間をその場で決めたのだが、看護師は大忙しだった。

術前の採血で血管が壊れ、その後1ヶ月以上のあいだ、腕が20cmくらい緑色になった。

「あと10分後に、同じ部屋で帝王切開の手術だから、急いで!」

と言いながら、看護師が私のストレッチャーを走らせたのを覚えている。

そして、目が覚めてみると、子宮に穴を開けてしまい、手術は中断したということを知らされた。

実はこの病院はかなり評判が悪く、他の患者も色々と文句を言っているのを聞いたことがあった。

だから、出産時はこの病院は避けたのだが、緊急の手術の時には、そんなことは忘れてしまっていた。

公立の病院だったので、手術を受けて入院してもお金は一円もかからなかった。

だけど、その後はもうこの病院には行かず、私立の病院にかかることにした。

出産の悪夢

これは不幸な医療ミスであり、腹も立ったが、なんというか、トラウマになったというほどではない。

いや、かなり腹が立つけれど、悪意があったのではないと感じられた。

それに、その前の出産時の体験がショッキングすぎて、比較的インパクトが少なかった。

出産時のインパクトというのは、同じ部屋になったイスラム系の女性への看護師の態度だ。

まず、彼女は流産した女性で、何度も流産を繰り返していた。

その女性と、生まれたばかりの赤ん坊がいる私は、同じ部屋に入れられた。

子供が夜中泣くたび、私は必死で子供を静かにさせようとした。

隣の彼女がこの声を聞いて、どんな気持ちになるだろうか?

それを考えると、なんだか悲しいというよりも、むしろ怖い気持ちでいっぱいだった。

彼女は痛み止めを点滴されていたのだが、点滴が無くなり、夜中にナースコールをした。

しかし、看護師はなかなか来ない。

やっと30分してやって来たが、また戻ってしまい点滴を持ってこない。

点滴を持って来たのは、更に30分後だった。

そんなことが何度か繰り返され、その間、彼女は痛みからずっと唸り続けていた。

子供が生まれて初めての夜、その声を聞きながら、私は凍えそうな気持ちだった。

彼女がトイレに行こうとすると、看護師が「ほら、腰を曲げてないで、まっすぐ歩きなさいよ!」と声をかけた。

彼女が「アッラー…」と苦しそうに祈りを捧げると、「アッラーはいないわよ!」と声を荒げた。

2人が出たので私もトイレに行くと、床には血塗れの大きなナプキンが投げ捨てられていた。

看護師が、それを見ていながら、放置したのは明らかだ。

「アッラーはいないわよ!」と言われて傷ついた彼女は、その後イタリアでどう生きていったのだろうか。

言葉は分からなかったけれど、後で見舞いにきた夫に、ものすごく文句を言っているのは分かった。

イスラム系の人を「テロリスト」と呼ぶ人がいるけれど、こんな扱いを受けていれば、私だってテロをしたくなっちゃうかもな…と思った。

もともとは、善良な母親だったとしても。

子供を失い、その後のデリケートな時期に、そんなことを言われたら。

彼女は、自分の子供のために「アッラー」と、祈りを捧げたのかもしれない。

それを、そんなもんいないわよ!って、それはないだろう。

しかし看護師たちの中には、優しい人もいた。

優しい人の方が、多かったのかもしれない。

でも、記憶に強く残るのは、ひどい人たちだ。

私も、シーツに血がつくと「シーツを汚すな。もっとトイレに行きなさい。」とか言われた。

吸引分娩だったので大きく切開した場所が痛く、立ち上がるのに苦労していると、「あなたって、家でもそういう風に起きてるの?」とも言われた。

自分のトランクを床に置いておくと、掃除婦が「このトランク、ちゃんとロッカーに閉まいなさいよ。」と一日2回は言われた。

ロッカーに入らないし、トランクを避けてくれてもいいと思うのだけれど。。。

外国人に対する差別感情

コロナ感染者の中の外国人の割合を、イタリアでは発表していない。

差別感情を助長しないためだ。

ただ、外国人の患者はかなり多いのではないだろうか。

というのも、エッセンシャルワーカーと呼ばれる人たちには、外国からの移民が多い。

不思議なことに、国によって職種が分かれており、中国人ならバールやレストラン、ルーマニアなど東欧系の女性は、ベビーシッターや掃除婦、男性ならピザ職人や工事現場で働いていることが多い。

路上で物乞いをしているのはアフリカ系とジプシーが9割だと思う。

通りすがりの男性に声をかける風俗業の女性も、アフリカ系と中国系をよく見かけた。

このような移民や不法滞在者が、コロナに感染した時にどういう待遇を受けたのか。

上に書いたような、私やイスラム系の女性に対する態度は、もしかして差別から来るものではなかったかもしれない。

周りのイタリア人も、「お給料が安すぎてストレスが溜まってるんだ」とか、「イタリア人に対しても同じだ」という声を聞いた。

でもやっぱり、私は考えてしまう。

私が、金髪で青い目のイタリア人だったら、こんな扱い受けただろうか?と。

実際、出産2日目以降に、パートナーの家族(イタリア人)がみんなでお見舞いに来た後、看護師の態度は変わった気がした。

イタリアの医療従事者は、コロナ禍で外国人も平等にケアをしたのだろうか。

もし感染者を雑に扱えば、本人が危険な状態になるだけでなく、周りへの感染を広げることになる。

外国人差別をすれば、感染の拡大に繋がることは明らかだろう。

まとめ

イタリアの医療から、私たちが学べることは何だろうか。

良いところとしては、医師に女性が多いこと。

医療費が安いところ。

医師の働き方が、日本ほどハードワークではないところ。

しかし、反面教師にしたい部分もある。

今、病院がコロナで赤字になり、一部の医療従事者のボーナスが削減されているという。

お金を十分にもらえないと、人の心は荒んでしまう。

すると、患者に対しても優しくなれないかもしれないし、雑なケアをするかもしれない。

それは、感染拡大にもつながるのだ。

だから、ぜひ日本政府には、医療従事者に対する支援を拡大してほしい。

それから、マンパワーの確保だ。

これは、今からでもできるが、今すぐに効果があるわけではないかもしれない。

しかし、医療費を削減して、医師や看護師の数が減ったり、病院が閉鎖されたりしたら、コロナのような時には、とても対応できないのだ。

非常時に対処できる、余力が必要だろう。

財政を切り詰めて赤字を少なくするのは大事だが、マンパワーの確保はいきなりできるものではない。

イタリアのように、削ってしまって後からまた増やすよりは、現状を維持できるようにする方が、長い目で見て節約になるのではないだろうか。

医療費を抑えたいと思ったら、薬の処方しすぎに対処することも必要だと思う。

処方箋料を稼ぎたい医師や、製薬会社の利益のために、いらない薬を出しすぎていると思う。

結局、その保険料を負担するのは国であり、私たちだ。

そして最後に、外国人やマイノリティーに対する適切な対応だ。

日本では、外国人差別は無縁かというと、そんなことはないだろう。

特に介護施設や医療従事者では、外国人が雇われている。

例えば、2020年から特定技能の審査が緩和され、医療器具の洗浄などに外国人労働者が採用されている。

先ほども言ったように、人はちゃんとお金をもらい、大事にされないと、他人も大事にできないものだ。

結局、差別の結果は自分たちに返ってくる。

外国人労働者に、医療器具をちゃんと消毒して欲しかったら、彼らにちゃんとお金を払い、人として尊重することから始まるだろう。

農業に携わる外国人も多いが、そのような人達だって、ちゃんと人として大事にしないといけない。

私たちの食べ物を担ってもらっているのだから。

日本政府には、この3点を認識しながら、今後の医療に対する方針を決めていってほしいと願っている。

さいごに

イタリアの医療に対する恨み辛みを書いてしまったような気もする。

確かに、恨み辛みはあるのだ。

だけど、イタリアを好きな気持ちも、誰にも負けないつもりだ。

コロナは、悪魔ではないと私は思っている。

大きな被害を受けたイタリアだけれど、より良い形に生まれ変わるかもしれない。

日本も、イタリアも。

Rinascerò, Rinascerai…

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