餅は餅屋、パンはパニフィッチョ

餅は餅屋、パンはパニフィッチョ

日本では、スーパーやデパートなどの複合商店が多くなり、個人の商店は減っている。

イタリアでも、CONAD や COOP などのスーパーがあるが、日本よりも個人の商店が残っている。

日本でも「餅は餅屋」という言葉があるが、イタリアでは、今でもパンやパン屋、肉は肉屋で買う人が多くいる。

パンも、スーパーのパンは、一度冷凍したものが売られているが、パン屋で買えば、焼き立てを買える。

魚は、スーパーでは売っている種類が極端に少ない。

魚屋に行けば、その場で内臓を出し、鱗を取り、頼めば無料でおろしてもくれる。

ただ、パン屋に行き、八百屋に行き、惣菜屋にいき、魚屋に生き、お菓子屋に行き、ワイン屋に行くとなると、財布を何度も出して、その都度お金を払わなければならない。

私がここまでやるのは、本当に特別な日くらい。

普段はスーパーで買い物を済ませていた。

イタリアの八百屋さん

ただ、野菜だけは、スーパーのしなしなでマズイのに耐えられず、八百屋で買っていた。

産地も、すぐそこで採れた新鮮な野菜を扱っていることが多い。

私の住んでいたヴェネチアの八百屋では、近くの畑の島(Vignolo, Sant’Erasmo など)で採れた野菜が並ぶ。

近くの島でしか採れない野菜や果物もあるし、同じ野菜でも呼び方が地域によって変わってくる。

例えば、カストラウーレ(castraure)は、ヴェネチアの隣の島のサンテラズモ島で作られている。

アーティチョークの一種だが、もっと小さくて外側まで柔らかい。

トレヴィーゾのチコリーは、ヴェネチアの近くのトレヴィーゾという町で作られる細長いチコリーで、苦味と甘味があり、リゾットに入れると美味しい。

八百屋では「トレヴィーゾ」と言うだけで、このチコリーのことを指す。

ズッキーニの花は、揚げ物にしたり、オムレツに入れると美味しい。

イタリア全土で売られているが、すぐに傷んで1日ほどしか持たないため、スーパーで新鮮なものを手に入れるのは難しい。

詳細はニュースレターにも書いたので、興味があれば、ご一読を。

「傷んじゃうから、買ってよ。安くするから」と、ズッキーニの花を買わされたことが何度もある。

アーティチョークの底(ニュースレター参照)も、切って水に入れてあるので、長持ちしない。

こちらも、よくサービスで安くしてもらった。

スイカやカボチャ などは、大きいので半分にしてもらったり、4分の1にしてもらったり。

八百屋のお兄さんたちは、お喋り上手で、毎日の買い物も楽しかった。

コロナウイルスと個人商店

あるイタリア人の友人は、コロナでロックダウンされている間、ほぼ全く外出をしなかったという。

スーパーにさえ、ほとんど行かなかった。

家の前に、肉屋さんと、サラミ屋さんと、パン屋さんがあるので、みんな家の前に商品を置いていってくれたのだ。

支払いは、1ヶ月分をまとめて翌月に払うという。

また、別のイタリア人の知人は、逆にスーパーにしか行けなかった。

外出許可の半径200メートル以内に、個人商店はなく、スーパーが一軒あるのみだったのだ。

彼は、地元の個人商店で買い物ができないことを残念がっていた。

「顔見知りの八百屋さんが、自分が買わなければ倒産する。」

普段から店員とお喋りもするし、そういうリアルな関係性が感じられるのは、田舎ならではかも知れない。

スーパー、小売店、宅配

日本ではどうだろうか。

私の祖母は、お米屋さんと仲が良くて、なぜか灯油もそこで買っていた。

重いものなので、両方、車で家まで持ってきてもらえた。

漬物を作るときは、近くの八百屋でたくさんラッキョウや梅を買って漬けていたが、10年以上前に、その八百屋が閉まってしまった。

向かいに大きなスーパーができたので、客がそちらで買い物をするようになったのだ。

私が子供の頃は、豆腐屋さんが家に来てくれ、油揚げや醤油も売ってくれた。

私の母の代は、家から出なくても買い物が出来たし、小売店が家の近くにあったらしい。

今回のコロナで、宅配が増えたという。

デリバリーの形態も、ウーバーイーツや出前館など、新たなサービスも生まれている。

これから、日本のお買い物の仕方は、どのように変化していくのだろう。

買い物とは、投資である

買い物というのは、ただ食べるという行為のみに終始しない。

人間関係も生まれるし、お金を払うからには、誰にお金を渡しているのかも自覚する必要がある。

輸送にかかるCO2をなるべく排出しないよう、地産地消していく考えも必要だ。

そして、私たちが買わない商品は、確実に消えていく。

日本でも、代々続いた醤油店や、煎餅屋などが、売れないので廃業してしまっている。

本当に美味しいものがなくなるのは、悲しいことだ。

そして、美味しいものが無くなる毎に、人間関係も無くなっていくような気がしてならない。

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