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ヴェネチアの フレスコ画

フレスコ画とヴェネチア

1400年代のヴェネチアでは壁面をフレスコ画で飾ることが一般的であ ったが、その保存が困難であり、また同時期に油絵の技法が発達したために、1470年頃には油絵がヴェネチア絵画の主流になった。

ジェンティ ーレ・ダ・ファブリアーノやその他の画家によって描かれたパラッツォ・ド ゥカーレの大会議場のフレスコ画が痛んできたため、1474年にはベッリ ーニ兄弟とアルヴィーゼ・ヴィヴァリーニによって、一つ一つが油絵に換えられた。

その頃キャンバス地は、アルセナーレ(造船所)で帆布として作 っていたため、ヴェネチアでは簡単に用意することができたのである。

16 世紀に大量の壁画を残したティントレットの作品は、その多くが壁面にキャンバスを貼り付けたものであった。 ヴェネチアの湿度の高さから、フレスコ画は適切な手法だとは考えられて来なかったが、18世紀には再びヴェネチアで流行するようになった。

18世紀のヴェネト州

18世紀のヴェネト州の邸宅文化においては、単に実用的な目的のために建物を利用するというより、娯楽のためや社会的な主観性を優先す るという側面が重視されるようになった。

そして、当時流行のゴルドーニ的なバカンスへの熱望が、比類のないほどに吹き荒れるようになった のである。

それは内装の美化ということにつながり、旧来の貴族階級や新興富裕層も例外なく巻き込み、18世紀をヴェネト州の邸宅における内装の「黄金の世紀」と呼ぶにふさわしい代表作を生み出すことになった。

ジャンバッティスタ・ティエポロのフレスコ画は、ヨーロッパの具象派の中でも他に例を見ないほどの輝かしい作品群である。

ティエポロの周りをきら星のように取り囲む画家として、アントニオ・ペッレグリーニ、セバスティア ーノ・リッチ、ルイ・ドリニー、ジャンバッティスタ・ピットーニ、アントニオ・ バレストラ、ジャンバッティスタ・クロサート、ジャンドメニコ・ティエポロ、 そしてまたアンドレア・チェレストリ、ジロラモ・ブルサフェッロ、マッティー ア・ボルトローニ、ガスパレ・ディツィアーニ、ジャンべッティーノ・チニャロ ーリ、ヤコポ・グアラーナ、コスタンティーノ・チェディーニ、アンドレア・ウ ルバーニ、マルコ・マルコラ、ジュゼッペ・ベルナルディーノ・ビソン、ファビオとジャンバッティスタ・カナル、そしてクワドゥラトゥーラの画家のジロラ モ・メンゴッツィ・コロンナ、フィリッポ・マッカーリさらにピエトロ・ヴィスコ ンティがおり、彼らは邸宅の中に、この世紀における見事な創造性を具現化したのである。

トロンプルイユとクワドゥラトゥーラ

このように、平面的な絵画を三次元であるかのように見せることで、本物のような存在感を表現した静物画や、室内の空間を広げて見せるため に使う人工的に描かれた遠近法を、トロンプルイユ(だまし絵)という。

このような偽の素材を使った描画方法は、特にクワドゥラトゥーラの中に多用される。

クワドゥラトゥーラとは、壁や天井に描かれた、建築物的な遠近感を表現するために構成された絵画の一種である。

描かれた柱廊、突き出したかのようにみせる偽のまぐさ式構造、偽の大理石、偽の彫 刻、雲間に見え隠れする人物の描かれた空など、様々な技巧で室内の空間を広げてみせる描画部分を指す。

このような技法は古代後期から 見ることができるが、特に17世紀から、イタリア、スペイン、オーストリアや ドイツにおいて非常に発達し、ヨーロッパのロココや新古典美術においてもこの手法は用いられた。

このように、クワドゥラトゥーラとトロンプル イユの意味するところは一部重なる。

この論文では、建築的構造物やあらゆる種類の素材を真似たトロンプルイユ、そしてそれらを用いて絵画を支持する装飾的な額縁のような役目を果たすクワドゥラトゥーラの見られる、18世紀のヴェネチアにおいて個人所有であったパラッツォに描 かれたフレスコ画を紹介していきたい。

カ・ゼノービオ

この建物に命を吹き込み、その全体の中心となるのが、この天井の高く、見るものを圧倒する素晴らしいバロック風のサロンである。

このサロンはベルニーニの「美しい組み合わせ」の理論 を踏襲し、そこには建築、絵画、音楽が互いに混ざり合っているが、少なくともストゥッコが施されるまでは、彫刻的な要素が不足していた。

偽のコーニスから突き出したモノクロの裸の人物像にはまるで本物の彫刻のような存在感が感じられる。

音楽については、このサロン自体の役割が舞踏会場であり、オーケストラのためのバル コニーや、沢山の描かれた楽器により表現されている。

静物画も描かれ、花や果物の饗宴はパラッツォの 裏側にある大きな庭と競うばかりである。

花で満たされた花瓶が、四隅にあるゼノビオ家の大きく描かれた紋章の上部に配置されており、美しい布や、まるで静物画のように描かれた本や楽器に彩られている。

リンゴ、メロ ン、イチジク、レモン、ナシ、サクランボにブドウと、あらゆる 種類の果物が喜びを表している。

パラッツォ・ヴェンドラミン・カレルジ

この暖炉のある部屋の壁面には、ストゥッコによる装飾とフレスコ画による装飾(赤部分)が共存しており、遠くからはほぼ同じように見える。

同じ手法に統一することもできたはずであるが、本物とニセモノの錯覚を使って観るものを驚かせるということを目的に、故意に並べて描 かれている。

このユーモアのセンスは作者の知性をも表すものであろう。

パラッツォ • モロシーニ • サグレード

この写真では、左側の手摺部分は本物の建築物であるが、右側(赤部分)はそれを模倣して描かれたフレスコ画であり、そうすることで空間に継続性を与えている。

手摺の向こうには、壁がないという設定で空が描かれているのだ。

画家は手摺の下の壁部分も絵画の一部として利用し、この絵画を、どこか遠くの出来事としてではなく、今まさにいる大階段のある建物から見た風景として描いている。

それは額縁の外にはみ出したトロンプルイユといえよう。

ここにいる横たわった男性をよく見ると、彼の服とリュックの一部が画面からはみ出している(水色部分)。

石の 壁面にフレスコ画を描くため、はみ出した部分だけに漆喰が施される。

この細部の表現によって、画家は画面と実際の建物の連続性を引き出すことに成功している。

もしこの壁面下部を額とするならば、絵画は額からはみ出していると言えよう。

しかしこの「額」は実際の建物の一部なので、絵画はより現実に近づいて立ち現れてくる のだ。

壁に沿って並んだ偽のニッチの中に、ミネルバ、ネプチューン、キュベレー、マーズ、ヴィーナス、マーキュリー、ジュノそしてジュピターの、彫刻を意図したモノクロの絵画 が納められている。

偽のニッチの上には、宝物、矢筒、豊穣の角が描かれており、鳩がとまっているなど、作者の遊び心が伺える。

中央の窓の間には、武器をかたどっ た偽の浮き彫りが描かれている。

天井部分には偽のバルコニーが描かれており、そこから下へと続く偽の建築的装飾が、壁上部の小窓を飾る。

小窓の間や、画面右の扉の上も、隙間なく豪華なフレスコ画で彩られ、実際の彫刻や大理石が一切ないのにもかかわらず、部屋に入った瞬間に鑑賞者はこの部屋の煌びやかさを感じるのである。

今現在に至るまで、この部屋はその適度な大きさと素晴 らしい音響効果のおかげで、音楽の観賞のために使われてきた。この部屋では記念すべき祭典がいくつも催され、特に戴冠者や高位聖職者、そして大使のヴェネチア への公式訪問の際に利用されてきた。

この写真の両側には偽物の柱が描かれ、その内側に更に偽物の大理石 の丸柱が描かれている。

中央には犬を連れた貴婦人とその召使いが描かれ、その後には別の建築物が奥にあるように描かれる。

更にその上には別のバルコニーがあ り、二人の人物が小さく見えている。

手前の人物と奥の人物の大きさは非常に異なり、奥行のある偽物の空間が鑑賞者を楽しませてくれる。

パラッツォ • グラッシ

この写真は大階段を囲む二階の壁面で、大階段の壁面は、ミケランジェロ•モーライターによる、ヴェネチアの社交界の人々を描いたフレスコ画で彩られている。

人々は 仮面をかぶったり、豪華な衣装を身に着け、トロンプルイユのバルコニーにもたれたり、こちらに姿を見せている。

このフレスコ画の後ろには、現在は展覧会用に使われている部屋が存在する。

二階のこの絵の反対側には、以前が中庭であった空間の周りに、柱廊と、このフレスコ画のような、しかし本物のバルコニーがある。

他のパラッツォに比べ、これらのフレスコ画は均一で控えめであり、ファサードのネオクラシックの精神をうっすらと垣間見せるようなスタイルと調和している。

パラッツォ • ピサーニ・モレッタ

この大広間の壁面は色とりどりの大理石や金の装飾で美しく覆われている。

しかし同じ部屋の天井部分は一面 をフレスコ画が覆っているにも関わらず、クワドゥラトゥーラの部分は壁面の大理石や金の装飾をまねて描かれているため、壁と天井の調和が保たれている。

壁面はオレンジ色の大理石で装飾されるが、天井のフレスコ画の中にも同じオレンジ色の大理石を模した部分が見られる。

(上の写真の一部)

壁と同じオレンジ色の大理石を模した面に別の大理石を模した額縁が描かれ、その中にストゥッコ、金の額縁、赤い別の大理石、そしてカメオという様々な素材がフレスコ画のみによって表現されている。

カ•コルネール•デッラ•レジーナ

サロンには、その長細い空間を広くみせるために、カラ フルなフレスコ画で装飾された低くて幅の広い半円ア ーチでアクセントがつけられている。

ドメニコ•フォッサ ーティによって施されたクワドゥラトゥーラの内側には、 おそらくジュゼッペ•モンタナーリによって、1773年から 1783年の間に、キプロスの女王を記念し、コルネール家を賞賛するフレスコ画が描かれた。

ファサードの窓のアーチ、サロンの装飾のアーチ、またそのアーチの中のフ レスコ画のアーチは、実際の用途を備えた建築物からトロンプルイユに至るまでのグラデーションになっており、クワドゥラトゥーラも建築物の一部のようにデザイン されている。

カ•レッツォーニコ

この大催事場は、14×24メートルという大きさからもわ かるように、際立った特徴のある部屋で、ヴェネチアの個人所有の住宅としては最も大きな空間であると言え る。

この部屋の壁と天井全体を覆うフレスコ画は、16世紀後半からヴェネチアで主流になり、17世紀にはより華やかに成長を遂げることになった舞台風趣味の当時最新の流行を追った空間を実現するために、人物像、背景、装飾などの画家たちの、それぞれの洗練された名人芸が最も反映された一例であろう。

この実際のサロンは壁に描かれた偽の建築によって、より大きな空間の中心の部屋のように見せかけられている。

このクワドゥラトゥーラで描かれた四隅にある一つ一つの柱廊が、遠近法の焦点を用い、本物の空間をより広く見せることに成功している。

作者はこれまで言われてきたロンバルド・ピエトロ・ヴィスコンティではなく、ジロラモ•メンゴッツィ•コロンナであることが明らかになっている。

コレール美術館

皇帝の間には、ジュゼッペ•ボルサートの手による天井の装飾に宮廷風スタイルが見られよう。

四角いしきりに配置された花の飾りはフレスコで描かれたもので(赤部分)、クーポラを囲む金色の花は本物の立体的な飾りである。

ヴェネチアはかつてフレスコ画で彩られた町だった!

フランスの外交官であったフィリップ・デ・コミエーは、忘れることので きないラグーナの町での思い出を、15世紀の終わりに以下のように述 べている。

「彼らは私を、カナル・グランデと呼ばれる、この町の大通りに連れて行 った。それはとても広い通路である。

ガレー船が中央を横切り、家の近くには400トン以上の船がひしめいている。

私は、この川はよく設計され た、町全体を横切る、世界で一番美しい大通りだと思う。

家並みはとて も大きく高く、質のいい石で作られており、昔のものには全て絵が描かれている。

ここにある100年以上前に作られた家のファサードは大理石で 覆われ、イストリア石から蛇紋岩やポルフィドの大きな無数の石でできたファサードに続いている。

ほぼ全ての家の室内に、金色の天井で覆われた部屋が少なくとも二つはあり、それらは美しく彫刻された大理石でできた炉棚、金塗りの寝台、彩色と金が施された扉などのある家具で飾 られている。

これは私が今まで見た中で最も美しい町であり、外交官や外国人にとって訪れることが最も誇らしい町である。」

p.439-440, A.Prucher, I Mémoires di P.de Commynes e l’Italia del Quattrocento, Leo S. Orschki, Firenze, 1957

このヴェネチアについての記述に、私は非常に心を動かされた。

なぜなら、ヴェネチアは海の都という特徴を持つ美しい町ではあっても、数々の絵で家並みが描かれた街だと思ったことがなかったからである。

現在では壁面は傷み、家々は赤、黄色、ベージュなどの色で塗られているが単色であり、絵の描かれた家はあまり見かけない。

初めは、室内にさえフレスコ画があるとは思っていなかった。

実際、ヴェネチアはフレスコにはあまり適していない。

湿度とラグーナの塩分が、その保存に悪影響を及ぼすからである。

この論文を書き始めて、ヴェネチアもかつては彩られ、またフレスコ画が流行した時期もあったことを改めて知ったのである。

パラッツォを訪れて

フレスコ画は絵として単独では存在しえない。

それは、フレスコ画を描くのには壁面を必要とするという性格と、フレスコ画は室内の装飾として用いられたというその機能に由来する。

まずはじめに建築があり、柱や手すり、天井の縁などへ施された立体的装飾がある。

建築を美しく豪華に装飾するために、彫刻や、金を施した花 の彫刻、そして銀細工の装飾などを飾り付ける。

壁面には立体的な装飾をして色づけたり、大理石を薄く切って飾る。

建築物の中は、すべての技術が一体となって美しく飾られる。

フレスコもその技術の一つとして用いられており、それに加えて、ストゥッコ、大理石、ワニス、浮き彫り、彫刻、タペストリー、これらが渾然一体となって一つの空間を彩るのである。

フレスコ画の特徴は、これらの素材・技法の全てをフレスコのみで表現できるということにある。

偽の彫刻、偽の花束、偽の金属や立体的に見えるが実は平面の装飾、偽の大理石、そして更には偽の建築物までをも描くことができる。

ヴェネチアのパラッツォを訪れると、これらの装飾に騙されることになる。

ある建物は天井に彫刻の花が飾られており、また別の建物には別な手法によるほぼ同じような花の装飾が見られるが、立体的に見えるように描かれているだけであったりするのである。

遊びの芸術

フレスコ画は第一義的に、室内の装飾という機能を持つ。

室内の他の装 飾との調和を保つために生まれたであろう「フレスコで偽の物質を描く」 というアイディアは、偽の建築物や偽の空間を描くところにまで広がり、 当初の装飾という機能をはるかに超えた、高度な美の追求であり、人間 の感性とエスプリを表現している。

トロンプルイユ、そしてクワドゥラトゥーラは、人間性の発露であり、遊びの芸術なのである。

湿度と塩分のために、ヴェネツィアの街には適さないフレスコ画の多くがすでに失われた。

そのような困難の中で細々と現在まで保存されてきたパラッツォのフレスコ画を後代に伝えていくことが我々の課題であり、責任である。そ こには地球規模での環境の異変、それへの対応を可能にする政治的判 断、科学技術の開発、個人レベルでの行動モラルなどの多様な問題が山積する。

しかし我々はそれに立ち向かう。

このヴェネツィアの美しい建築とそこに込められた遊びという英知を守ることが人類として生きることではないだろうか。

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